箴言52
妻は記念日に 首飾りをつける
貧しい頃 なけなしの金をはたいて
贈った 希望の鳥
箴言51
口開けて 布団はだけて 寝る子供
布団かける 蹴る かける 蹴る
長い夜です
葦風の記録104
それからずいぶん後のこと。
たまたま空手の大山先生の本を読んでいたら、大山先生は若い頃、道場破りをする時は「ここで一番強い人とケンカさせてくれ」と言っていたそうだ。
なんだか発想がわしと同じで面白かったよ。
葦風の記録103
次の日。わしはまた、のこのこと部室に出かけて行った。
昨日の騒ぎは、瞬く間に知られるところとなり「出雲の暴れん坊」が現れたと話題になっていたそうだ。
そんな話を聞きつけて、あるレギュラーの方が腕をさすって待ち受けていた。わしは当時、全国的な知名度はまるで無かった。無名で生意気で無礼な1年坊主にお灸を据えようということだったらしい。
もちろんわしにとっては、相手に不足があるはずもない。相手はあのトンペイ大のレギュラーなのだ。願ってもない対戦が実現した。
さあ、結果はどうだったのか。
先輩はうなだれていた。
3時間以上にわたる激戦を制し、わしの勝利となったのだ。わしは執念の技を繰り出し、またも派手に逆転勝ちしたのだ。
2日目にしてレギュラーの1人を破り、この日から「出雲の勝負師」と呼ばれるようになった。
葦風の記録102
しかし勝ったとはいえ、ギリギリの勝負であり実際は負けていた碁だった。
さすがはトンペイ大学だ。補欠でこの強さとは、レギュラー5人とはいったいどんな強さなのか。
しかし同時に安心した。わしの力は、大学で通用する。1年間のブランクはあったが、鍛えた腕は錆びてはいなかったのだ。
そう考えると、なんだかワクワクしてきて、次はレギュラーと対戦したくなった。
葦風の記録101
今となっては笑話だが、当時はわしも大まじめだった。若いっていいよねえ(笑
さてその時、「俺が打とう」と言ってある先輩が相手をしてくれた。後で知ったのだが、その方は前年の団体戦の補欠選手だった。
わしの先番で始まった。
わしは誰であろうが、ぶっ倒すつもりで打っていた。しかしさすがに先輩は強かった。局面が進むと、わしの形勢は悪くなっていった。
その時、横の方でこそこそと声が聞こえた。「なんだよ、あいつ大口を叩いた割にはたいしたことねえなあ」
わしはハッとした。そうだ、こんなところで負ける訳にはいかない。集中力を高めるのだ。
そこからわしは持ち直した。先輩の僅かなスキを捉えて、技を決め逆転に成功した。
大学初勝利の瞬間だった。